宮田用水が潤す尾張西部地域は、木曽川がもたらした肥沃な大地の恵みにより、太古より尾張の農業・政治・文化の中心として発達し、農産物も豊富に有しています。
宮田用水は、平安時代の国司大江匡衡より名付けられたという「大江川」を始めとする、開水路・パイプライン併せて総延長500㎞にも及ぶ水路が流れ、地域の農業の発展ばかりでなく、災害からまちを守り、人々の生活に潤いを与え続けてきました。
今から400年前の慶長13年(1608年)、徳川家康の命令で、木曽川に築かれた「お囲い堤」により、木曽川の支派川が締め切られ、般若杁(江南市般若地点)、大野杁(一宮市浅井町大野地点)が建設されました。この年を宮田用水通水開始の年としています。
その後、新田開発や用水路の付け替えなど生産力は飛躍的に増大しましたが、一方では、度重なる洪水や水不足、近代には発電ダムの開発による木曽川の流心の変化と河床の低下、戦後、国家的プロジェクトである愛知用水建設等により取入口の大規模な改修や移転、用水路もまた改修を繰り返してきました。それらの工事の多くは、地域の農民の手によって行われ、先人の苦労により400年もの間、豊かな木曽川の水を田に送り続け、尾張藩、愛知県の発展を支え続けてきました。
近年では、パイプライン化により用水と排水が分離され、排水専用となったかつての用水路は、都市化の進展に伴う雨水排水の受け入れや、堤防や水路上部を緑道として整備するなど農家ばかりでなく、地域住民の安全や豊かな生活に密着した共通の財産として重要な役割を担ってきています。
これらのことに注目し、歴史や文化を学び、磨きをかけることにより、さらに幅広い連携を図ることが期待でき、あわせて地域経済の活性化に結びつくものと考えております。
そこで宮田用水通水400周年という記念すべき年を迎えるにあたり「宮田用水400周年記念事業」を実施し、新たな地域づくりに貢献したいと考えるところです。
平成二十年三月吉日
宮田用水土地改良区理事長 恒川宣彦
●写真の説明
左 田んぼの生き物調査…小学生を対象に毎年開催しています。
中 一宮井筋元杁(いちのみやいすじもといり)…子どもたちの遊び場としてにぎわう戦前の宮田用水。
右 船橋土築(ふなばしどちく)…昭和初期、村中総出で川のせき上げ。
今から400年前の慶長13年(1608年)、徳川家康の命令で、木曽川に築かれた「お囲い堤」により、木曽川からの取入口が統合され、般若杁(江南市般若地点)、大野杁(一宮市浅井町大野地点)が建設されました。この年を宮田用水通水開始の年としています。
宮田用水土地改良区では、通水四百年周年という記念すべき年(2008)を迎えるにあたり、多様な記念事業を実施する予定です。(詳細は、後日このサイトでご案内いたします。)